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太陽   

2010年 10月 29日

対人関係において、人間には大きく2種類の分類に分かれるものがある。

人に接して、相手に元気を与えることの出来る「陽」の力を持った人間。

人に接して、相手の元気を奪い、ネガティブな気持ちにさせる「陰」の力を持った人間。

もちろんどちらでもないって人もいるが、この2種類に分類される人間でリーダーに向いてないのはどちらだろう? もちろん後者に決まってるよね。

世の中には、そんな後者でもリーダーやってる人はいっぱいいる。

そんなリーダーのいるグループが辿る運命は明白である。

リーダーがしなければならないことの大半は、みんなのモチベーションを維持し、みんなに安心感を与え、みんなに「元気」になってもらうことだ。

そうすれば、自ずとそのグループは輝き始める。

リーダーはみんなの「太陽」なんだ。
太陽の力と光と暖かさで、グループ全体を引っ張っていくものなんだ。

雨雲に厚く覆われても、台風が吹き荒れても、太陽はその強烈な光で輝き続け、嵐が去ったあとを、それに耐えた人々の希望となって優しい光を注ぎ続けるものなんだ。

リーダーと一緒なら、きっとまた輝いてくれる。 必ず陽はまた昇ると思わせてくれるものなんだ。

最近、俺に太陽の光は注がれているのか? そんな疑問が浮かぶ。
何年も台風が吹き荒れ、じっと耐え続けた。雨雲が少し和らぎ、陽の光が見えそうになってきた。
でも、そんな状態で結局変化は起きないままだ。

で、ふと気づいた。
俺が輝いているんじゃないか?俺が太陽なんじゃ?
太陽は太陽に照らされてはいないんだ。
太陽は周りが真っ暗だから存在意義があるんだ。
太陽はみんなのためにそこにあるんだ。

俺が太陽なら、太陽の優しさなんかに期待してはいけないし、周りの闇に打ち勝つように明るく輝けばいい。
そうすれば、みんなが喜んでくれるんだ。

「稲船さんと話をすると、元気な気持ちになります。頑張ろうと思います。」
昔からいろんな人に言われた。

嬉しかったけど、あまり深く考えていなかった。

自覚しなきゃいけないんだよな。

俺は「太陽」を持っているということを。

その太陽を必要とする人たちはいっぱいいる。 その人たちに輝き照らすことが俺の使命でもあるんだということを。

もちろん太陽が嫌で、日陰にばかりいる人も存在する。
そんな人は日陰に隠れて、太陽が沈むのを待てばいい。
太陽はそんな人たちのために輝いているのではない。
太陽は、太陽を待ち望んでいる人のために輝き続けているんだと思う。

自覚するよ。

「太陽」の力で俺は立ち上がるよ。
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by keijiinafune | 2010-10-29 17:23

 

信頼   

2010年 10月 26日

今月は俺たち夫婦の結婚記念日がある月だ。
17年。 もうそんなに?って感じなんで、結構年月は早いよ。
良いことばかりでは無かったけど、なんとかここまでやってきたよ。

元々他人の二人が仲良く暮らすって本当は難しいことなんだと最近特に実感してる。
なぜ? そりゃ、愛とか思いやりとか、相手に対する理解とか、いろんな要素は夫婦には必要だからね。
でも、一番必要なものって、「信頼」なんだと思う。

「信頼」って、元々肉親には基本標準装備されているもの。もちろん例外もあるけど、ほぼみんな付いてくる。
でも、他人には「信頼」自体オプション扱い。 他人を「信頼」するためには努力が必要。

夫婦に限らず、人間生きていくにはこの「信頼」は不可欠だ。

友達、先生、上司、部下、取引先。 みんな信頼がないと上手くやっていけない。

夫婦といえども、この「信頼」を継続していかなくては続かない。
「信頼」がなくなった時、それは別れを意味する。

「信頼」の継続に努力する。 どんな?
まずは、「信頼」してほしい相手に対して、自分自身がどう考えるかだ。
相手を疑って、相手を信用せずに自分だけが信用されたいなんて考えていないかな?
相手が信用してくれたら、「信頼」してやる。
そんな考えでは、絶対に他人の「信頼」は得られない。断言する。

相手が踏み込んでこないのは、どんな上手くやっても見えてしまうものだ。
少なくとも俺は見える。
天才詐欺師ならいざ知らず、普通の人には無理だ。ばれるよ。

「信頼」を得るには、絶対に飛び込まなくちゃ。
飛び込んで、相手を信じれば「信頼」の扉は少しずつ開く。

開いたら、さらに飛び込む。

そうすれば、いい友達、いい同僚、いい上司、部下、いい夫婦になれると思う。

しかし、「信頼」には「裏切り」という対の存在がある。

なぜ、知らない人を無条件に「信頼」できないのかは、この「裏切り」の存在があるからだ。

「裏切り」は本当に恐ろしいほど「痛い」 だからみんな避けたがる。みんな「裏切り」にあうくらいなら、「信頼」なんていらない。なんて人もいる。

でも、そういう人は自分自身に対して弱すぎると思うよ。

痛い目にあいたくないより、「信頼」に囲まれて気持ちよく生きた方がいいんじゃない?
痛い目にあいたくないから、「信頼」を避けていると、誰も本当の「信頼」を向けてくれないよ。

自分を守り過ぎるから、相手は離れていくんだよ。

俺は「信頼」しないけど、お前は「信頼」しろ。 身勝手の極致だ。

社会で長く生きてると、そんなことはしょっちゅうある。
そんな生き方をしている人には絶対に「幸福」はこない。

元々他人なんだ。 いろんな価値観、好き嫌い、考え方、趣味趣向、長所短所が存在するよ。
だからこそ、相手を知ることで、自分自身の人間性を広げる方向に結び付けられるんじゃない?

自分自身の価値を相手に押し付けるだけでは、相手も自分も不幸になると思う。

17年も一緒に居られた意味、それはお互いを「信頼」してきた証。

夫婦だけじゃなく、友達関係だって、仕事だってみんな一緒だと俺は思っているよ。

「信頼」のある世界、そんな世界で生きていかなきゃ、虚しいと思うよ。

世の中は99.999999999999999999999...%は他人なんだよ。
だからこそ、「信頼」を意識して暮らしていきたい。

そう思わないかい?
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by keijiinafune | 2010-10-26 11:51

 

善と悪   

2010年 10月 15日

善と悪って、ハッキリと分けられるものなのか?

自分自身、いつもこの大きなテーマに向き合っている。
この「善と悪」が自分にとっての人生の課題なのかも知れない。

ゲーム作ってて、初めてコンセプトを考えたのが「ロックマンX]だったと思う。
世界観設定、キャラ設定、ストーリー、シナリオ。俺自身がやった。

当時、俺はキャラデザイナー。 コンセプトはプランナーの仕事だった。
でも俺は構わず自分でやった。やりたかった。

エックスという絶対的な「善」、シグマという絶対的な「悪」を設定しておきながら、シグマにイレギュラーハンター最強という「善」の過去を置き、ウイルスによって「悪」へと染まる運命を用意した。
同時に、ワイリーに造られたゼロは「悪」の最高傑作、同じくワイリーによって仕掛けられたコンピュータウイルスによって殆どのレプリロイドが「善」から「悪」へと変貌してゆく中、ゼロの「絶対悪」はウイルスによって逆に「絶対の善」へと予期せぬ変化をとげる。

「善」と「悪」が単純に区別出来ない構図の中、エックスは「悩む」という他のレプリロイドには無い特徴により、この世界を救うべく戦う。

エックスの悩みは俺自身への悩みでもあるのかもしれない。

それから、「鬼武者」という作品では、信長に謀反を起こす明智側に主人公を設定し、「善」と「悪」を単純には置いていない。 鬼という、本来の「悪」もこの物語では「善」にも見える。

「ロストプラネット」はもっと分かりやすい。 地球の滅亡を前に人類が移住出来る惑星に降り立ち、先住民であるエイクリッドをまるで侵略者のごとく惨殺していくストーリー。
地球側に立てば「善」も、惑星の先住民からみれば「悪」、どちらが正しいなんて単純に決められるものではなく、その立場によって変化するもんだ。

俺がまだ未発表のタイトルにもいくつもこのテーマを盛り込んで、コンセプトを作っている。
「善」に見える奴ほど「悪」の可能性は高い。 「悪」に見えたって本当は「善」かもしれない。
その境目には、人間が持つ「欲望」が潜んでいる。

俺は自分自身にもこのテーマを課しているのかな?なんて思うことがあるよ。
日本のゲーム業界を悪くいい、危機を訴え、日本人ゲーマーからみれば「絶対悪」だ。
でも、時間が経ち、本当の危機が訪れた日本でもずっと俺は「悪」のままなのか?
「善」に変わることは絶対にないと言い切れるのか?
もちろん、今その答えが出るわけではない。

「悪」と決めつけて、何が起ころうが頑なに「悪」と言い続けるのは勝手だけど、世の中はそんな単純なものではないと思う。
今、みんなが見えてる部分ってほんの表面だけだから、俺が何を考え、何に影響されて、どんな信念で生きていることなんて少しも見えてないかもよ。

逆に「善」と思い込んでる何かがあるんなら、少し疑ってみるのもいいかも?
きっと世の中のもっと深い部分が少し見えるはず。

人生経験って、本当にクリエイティブに役立ってると俺は思う。
もっといっぱい経験積まなきゃね。
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by keijiinafune | 2010-10-15 19:46

 

真面目   

2010年 10月 12日

「真面目」ってやつを考えてみた。

人間、真面目でなきゃいけないと思う。 真面目に取り組んでいたら必ずいい結果が出る。そう思いたい。

でも、世の中そんな甘くない。 真面目だけでは足りないものがいっぱいある。

だんだんと真面目が生き辛い世の中になってるんだな。って思う。
真面目に何でもぶつかってると大怪我をすることがある。

よく言われるけど、「鬱病」ってやつもその大怪我の一つだ。
沢山の鬱に悩む人に会ったが大抵は「真面目」な人たちだ。

本来は「真面目」は褒め言葉だと思う。 「くそ真面目」になると少し悪口になるけど、適度の真面目は良い人を意味してると思う。

なんで「真面目」が住みにくい世の中になってしまったのだろう?

昔に比べ、物もお金も権力もいろいろあって溢れかえっているからなのかも。
そんな欲望の数だけ、争いがあり、勝者と敗者が生まれる。

真面目な人は欲望を抑えることが出来る。 自分だけが幸せではなく、相手にも幸せを与えたい。
真面目な人が考えそうなことだ。

世の中、相手の幸せを奪ってでも、自分だけが幸せになりたい。って方が普通に思える。
気にいらなければ、足をひっぱる、邪魔をする。 イジメが多いのもそんな考えが普通にあるからなんだと思う。

欲望って魔力には誰も敵わないのが世の中なのかな?

真面目にのもごとを考え、真面目に取り組むには大きな覚悟と孤独が付きまとう。

ルールの無いスポーツで、独りルールに従ってプレイするようなものだ。

真面目でいたいと思う気持ちを持ち続けられたらいいと思う。
真面目では勝てないのはわかっている。 でも反則して勝っても本当に嬉しいのかは疑問だ。

世の中は「反則あり」がルールになってきているのかも知れない。
悲しいとは思うが、事実なら仕方ない。

子供のころ、社会の授業で「性善説」「性悪説」ってのを習った。
俺は、すっと「性悪説」を支持している。

人間は生まれながらにして「悪」である。 「欲望」に支配されて生きているという説。
だから努力をして「善」を勝ち取るのが人間本来の姿。 その原動力が「真面目」なのかもしれない。
努力しない人は、「悪」のまま。 真面目でない人は欲望に負けて「悪」のまま。

楽して、結果だけを得ることは出来ないし、誰かの結果を横取りしたって、自分自身の力にはならない。 誰かを責めて引きずりおろし、その地位を得てもその地位で活躍出来る力なんて持ち合わせていない。

努力なくして「善」を得ることなんて出来はしない。

そんなこと考えて生きてきたが、最近は特にそのことを実感するよ。

暗い話で申し訳ないが、そんな日もある。

「真面目」が力のない時代だけど、「真面目」って武器を装備して、これからも戦っていきたい。
俺は、最新兵器ではないけど、使い慣れた信頼のおける「真面目」って武器で戦い続けるよ。

まだまだ俺も欲望に弱く、「善」とは言い難いけど、「悪」から「善」に完全に変われるように本当に頑張りたいと思う。

またこうやって、「真面目」なブログかいちゃったよ。
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by keijiinafune | 2010-10-12 20:37

 

生みの親   

2010年 10月 04日

ゲーム作ってて、よく思うことがある。

誰かがゲームの原案を考えて、それをもとに大勢でゲームを作る。

「ゲームコンセプト」ってやつだ。

そのコンセプトが糞だと、どんな優秀なクリエイターが集まっても並のゲームにしかならない。
ゲーム制作の8割を最初のコンセプト作りにあると、俺は思っている。

もちろん極端な言い方なんで、制作を軽く見ている訳ではないです。
制作の技術やアイデアが何のために機能するかが問題で、コンセプトがしっかり共有されていれば心配はない。

そのゲームコンセプトってのが曲者で、なかなか生み出し、組み立てることが出来ないからやっかいだ。
しかもそのコンセプトを担っている人がいないとゲーム制作の方向があっちこっちにブレて定まらなくなる。

よく、シリーズものの生みの親であるクリエイターがいなくなったりすると、確実に方向性は変わり、良いか悪いか別にして生まれ変わるものである。 

ゲーム会社においてはそれは日常茶飯事で、それでもシリーズは続いていく。

俺も自分自身が生み出したタイトルは良いんだけど、過去に在籍したクリエイターたちが創ったタイトルに関わることも多い。
カプコンという会社は本当にゲームを創り出して来た歴史があり、素晴らしい作品が多い。

俺もそんな作品を良い方向で継続させたいと必死になる。
続編を作る時のコツは、その作品に対しての「愛」である。 そう思っている。

売れてるから、そのままマップだけ変えて続編作れば、そこそこは売れるから、お金も時間もケチって利益が出ればいいんだ。 なんてこともあったりする。
「愛」の欠けらもない。

昔、上司から「ロッ〇マンで、ポ〇モンみたいなRPGを作れ」って言われた時あったんだけど、丁寧にお断りしたら激怒されたよ^^
「愛」の無い制作は絶対お断りだ。 ポケ〇ンにもかなり失礼だろ。

そのまま作ったって、愛を感じないし、売れてるタイトルのマネをして方向性をブラすのも愛を感じない。

シリーズに新しい「思い入れ」をぶち込むことが俺は「愛」なんじゃないかと思っているよ。

例えば、「バイオハザード」

新しい思い入れをぶち込まなければ、新しい「バイオ」にはならない。
でも、新しい「バイオ」は望まれていないかもしれない。 三上の「バイオ」を望んでいても三上真司はもうカプコンにはいないんだから、三上の「バイオ」はそこには無いんだよ。

だから、三上以上の愛をそそげれば新しい「バイオ」が生まれるはず。 で、ユーザーも納得するはず。
もちろんユーザーからは「三上のバイオ」が最高と言われるかもしれない。 当然、彼が生み出したタイトルだもん、それはそうだ。
でも、シリーズを続ける限り、三上の意志を受け継いで「新しいバイオ」を創り出さなきゃいけないんだ。

その新しい思い入れが、三上には絶対出来ないことであれば、本当の意味で新しいことに変わるよ。
そう信じて、新しいシリーズの関わっているんだ。

ロックマンは、いろんなシリーズがある。 初代、X、DASH、EXE、ZERO、流星。
自分自身のオリジナルをことごとくぶち壊し、新しい思い入れを入れた例だよ。
もちろん俺は、カプコンを辞めてない。
カプコンの中で、新しい進化を続けてきたロックマン。 全てのタイトルに「愛」があると言いきれる。

「愛」があれば、変化って表面じゃなく、中身を見れると俺は思っている。
心機一転、髪を切って可愛くなる女性がいるように、覚悟を決めた時は大きな変化が必要。 俺はそう思っている。

今後も、カプコンは「変化」を恐れず、シリーズ進化を続けていくよ。 「愛」をもって。


*10月5日11時 記事内の氏名に誤りがありましたので訂正いたしました。
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by keijiinafune | 2010-10-04 13:39

 

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