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真面目   

2010年 10月 12日

「真面目」ってやつを考えてみた。

人間、真面目でなきゃいけないと思う。 真面目に取り組んでいたら必ずいい結果が出る。そう思いたい。

でも、世の中そんな甘くない。 真面目だけでは足りないものがいっぱいある。

だんだんと真面目が生き辛い世の中になってるんだな。って思う。
真面目に何でもぶつかってると大怪我をすることがある。

よく言われるけど、「鬱病」ってやつもその大怪我の一つだ。
沢山の鬱に悩む人に会ったが大抵は「真面目」な人たちだ。

本来は「真面目」は褒め言葉だと思う。 「くそ真面目」になると少し悪口になるけど、適度の真面目は良い人を意味してると思う。

なんで「真面目」が住みにくい世の中になってしまったのだろう?

昔に比べ、物もお金も権力もいろいろあって溢れかえっているからなのかも。
そんな欲望の数だけ、争いがあり、勝者と敗者が生まれる。

真面目な人は欲望を抑えることが出来る。 自分だけが幸せではなく、相手にも幸せを与えたい。
真面目な人が考えそうなことだ。

世の中、相手の幸せを奪ってでも、自分だけが幸せになりたい。って方が普通に思える。
気にいらなければ、足をひっぱる、邪魔をする。 イジメが多いのもそんな考えが普通にあるからなんだと思う。

欲望って魔力には誰も敵わないのが世の中なのかな?

真面目にのもごとを考え、真面目に取り組むには大きな覚悟と孤独が付きまとう。

ルールの無いスポーツで、独りルールに従ってプレイするようなものだ。

真面目でいたいと思う気持ちを持ち続けられたらいいと思う。
真面目では勝てないのはわかっている。 でも反則して勝っても本当に嬉しいのかは疑問だ。

世の中は「反則あり」がルールになってきているのかも知れない。
悲しいとは思うが、事実なら仕方ない。

子供のころ、社会の授業で「性善説」「性悪説」ってのを習った。
俺は、すっと「性悪説」を支持している。

人間は生まれながらにして「悪」である。 「欲望」に支配されて生きているという説。
だから努力をして「善」を勝ち取るのが人間本来の姿。 その原動力が「真面目」なのかもしれない。
努力しない人は、「悪」のまま。 真面目でない人は欲望に負けて「悪」のまま。

楽して、結果だけを得ることは出来ないし、誰かの結果を横取りしたって、自分自身の力にはならない。 誰かを責めて引きずりおろし、その地位を得てもその地位で活躍出来る力なんて持ち合わせていない。

努力なくして「善」を得ることなんて出来はしない。

そんなこと考えて生きてきたが、最近は特にそのことを実感するよ。

暗い話で申し訳ないが、そんな日もある。

「真面目」が力のない時代だけど、「真面目」って武器を装備して、これからも戦っていきたい。
俺は、最新兵器ではないけど、使い慣れた信頼のおける「真面目」って武器で戦い続けるよ。

まだまだ俺も欲望に弱く、「善」とは言い難いけど、「悪」から「善」に完全に変われるように本当に頑張りたいと思う。

またこうやって、「真面目」なブログかいちゃったよ。
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# by keijiinafune | 2010-10-12 20:37

 

生みの親   

2010年 10月 04日

ゲーム作ってて、よく思うことがある。

誰かがゲームの原案を考えて、それをもとに大勢でゲームを作る。

「ゲームコンセプト」ってやつだ。

そのコンセプトが糞だと、どんな優秀なクリエイターが集まっても並のゲームにしかならない。
ゲーム制作の8割を最初のコンセプト作りにあると、俺は思っている。

もちろん極端な言い方なんで、制作を軽く見ている訳ではないです。
制作の技術やアイデアが何のために機能するかが問題で、コンセプトがしっかり共有されていれば心配はない。

そのゲームコンセプトってのが曲者で、なかなか生み出し、組み立てることが出来ないからやっかいだ。
しかもそのコンセプトを担っている人がいないとゲーム制作の方向があっちこっちにブレて定まらなくなる。

よく、シリーズものの生みの親であるクリエイターがいなくなったりすると、確実に方向性は変わり、良いか悪いか別にして生まれ変わるものである。 

ゲーム会社においてはそれは日常茶飯事で、それでもシリーズは続いていく。

俺も自分自身が生み出したタイトルは良いんだけど、過去に在籍したクリエイターたちが創ったタイトルに関わることも多い。
カプコンという会社は本当にゲームを創り出して来た歴史があり、素晴らしい作品が多い。

俺もそんな作品を良い方向で継続させたいと必死になる。
続編を作る時のコツは、その作品に対しての「愛」である。 そう思っている。

売れてるから、そのままマップだけ変えて続編作れば、そこそこは売れるから、お金も時間もケチって利益が出ればいいんだ。 なんてこともあったりする。
「愛」の欠けらもない。

昔、上司から「ロッ〇マンで、ポ〇モンみたいなRPGを作れ」って言われた時あったんだけど、丁寧にお断りしたら激怒されたよ^^
「愛」の無い制作は絶対お断りだ。 ポケ〇ンにもかなり失礼だろ。

そのまま作ったって、愛を感じないし、売れてるタイトルのマネをして方向性をブラすのも愛を感じない。

シリーズに新しい「思い入れ」をぶち込むことが俺は「愛」なんじゃないかと思っているよ。

例えば、「バイオハザード」

新しい思い入れをぶち込まなければ、新しい「バイオ」にはならない。
でも、新しい「バイオ」は望まれていないかもしれない。 三上の「バイオ」を望んでいても三上真司はもうカプコンにはいないんだから、三上の「バイオ」はそこには無いんだよ。

だから、三上以上の愛をそそげれば新しい「バイオ」が生まれるはず。 で、ユーザーも納得するはず。
もちろんユーザーからは「三上のバイオ」が最高と言われるかもしれない。 当然、彼が生み出したタイトルだもん、それはそうだ。
でも、シリーズを続ける限り、三上の意志を受け継いで「新しいバイオ」を創り出さなきゃいけないんだ。

その新しい思い入れが、三上には絶対出来ないことであれば、本当の意味で新しいことに変わるよ。
そう信じて、新しいシリーズの関わっているんだ。

ロックマンは、いろんなシリーズがある。 初代、X、DASH、EXE、ZERO、流星。
自分自身のオリジナルをことごとくぶち壊し、新しい思い入れを入れた例だよ。
もちろん俺は、カプコンを辞めてない。
カプコンの中で、新しい進化を続けてきたロックマン。 全てのタイトルに「愛」があると言いきれる。

「愛」があれば、変化って表面じゃなく、中身を見れると俺は思っている。
心機一転、髪を切って可愛くなる女性がいるように、覚悟を決めた時は大きな変化が必要。 俺はそう思っている。

今後も、カプコンは「変化」を恐れず、シリーズ進化を続けていくよ。 「愛」をもって。


*10月5日11時 記事内の氏名に誤りがありましたので訂正いたしました。
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# by keijiinafune | 2010-10-04 13:39

 

ロックマンDASH3 始動   

2010年 09月 29日

映画でもゲームでもシリーズもののファンってやつは多い。

大抵はヒット映画やヒットゲームにはシリーズファンがつく。
当然、ヒットすればまた観たいし、やりたくなる。だからその続編に期待するのは良く分かる。

でもヒットしなかった作品にファンはつくのか?
カルトムービーと呼ばれる、人を選ぶような作品ならともかく、ヒットしなかった子供や青年に向けたアニメのような作品にファンがつくとは思えない。

ところが不思議な現象が起こっているんだよな。

俺が10年前に作った「ロックマンDASH」という作品。
商業成績は最低だった。 期待はされていたんだけど、全く売れなくてワゴンに山積み。

ショックだったな。 自信があった。 面白かったし、カプコン社内の評判も良かった。
みんなが売れると確信していた。 しかし結果は惨敗。

もしかしたらあれが、俺のゲームクリエイター人生で初めてのつまづきだったかも。
会社には大損害を与え、その続編で巻き返しを図ろうとしたがこれも失敗。
スピンアウトで出した「トロンにコブン」も俺的には傑作だったが、あえなく撃沈。

プロデューサー制になってプロデュースした初期の作品だったんだけど、プロデューサーとしての評価も下げてしまった。

甘かったと思う。プロデュースを舐めてたと思う。
反省した。 自分を見つめ直した。 
きっとこの大きな失敗が無ければ、今の自分は無かったと思う。

その「ロックマンDASH」はいつしか沢山のファンに続編の希望を寄せられる作品に変化して行った。

ロックマンにはもっといっぱい売れたタイトルがあるにもかかわらず、いつも続編希望の声が一番多いのはこの「ロックマンDASH」なんだ。

売れなかったシリーズに沢山のファンがつき、続編の要望をしてくれる。
こんな経験は初めてだ。

不思議な経験だけど、俺は本当に嬉しく思う。
クリエイティブな仕事をしてきて、これは奇跡なんだって思ってる。

作ることの面白さを教えてくれて、それにプロデュースの甘さも教えてくれた。 それから期待に応える喜びみたいなものもこうやって教えてくれた。

俺はこの作品によって成長出来たと思っている。

こんな作品に出合えて、こんな作品に関われて、こんな作品を生み出して、俺はなんて幸せなんだろう。

ファンを大事にしていきたいと思う。 ファンと10年間耐えてきた作品、10年分のパワーをファンと共に出せたらって俺は思う。
そうすれば、ロックマンDASHは伝説になるよ。

頑張ろう。
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# by keijiinafune | 2010-09-29 22:20

 

多様性   

2010年 09月 28日

「稲船さんってどんな女性がタイプなんですか?」
こんな質問受ける時がある。

んー、どうだろ? タイプって明確にはないかも。
もちろん好きな容姿や顔のバランス、髪型なんかあるけど、すごく女性って個性があってみんな魅力いっぱいだよね。

背が低い娘も「可愛い」 背が高い娘も「素敵」 ぽっちゃりも「良い」 スレンダーも「好き」
要は、いろんな個性が大好きってこと。

なにも一つに絞ることなんていらないよね。

俺のもの作りもこんな感じなんだ。
子供向けのゲームも好きで作ってる。 完全大人に向けた18禁タイトルも作る。
日本向けも海外向けも、アジア向けもいろんな方向に向けても作る。

たぶん基本の性格が多様性なんだと思う。
いろんなことにとにかく興味があり、いろんなことを受け入れることが楽しいんだと思うよ。

人間、知らないこととか、分からないこととか、未知のものはとにかく拒絶することが多くなるんだよね。
知ってることの方が「安心」なんだろうね。

でも俺の「安心」は、知らないことを知ることの方が「安心」なんだよね。
怖さや不安は無知からくるものだと思ってる。
だから、いろんなことにチャレンジしたくなるんだよ。

「タイプ」って形で括ってしまって、自分自身の趣味嗜好まで縛ってしまうのってもったいないよ。
いろんな女性が「可愛い」って思える方がきっと幸せな人生だ。

ゲームも同じ。 あれもこれもやってみたいと思うことが大切だよ。
自分で自分の首を締めないように、もっともっと多様性を広げていけたらって俺は思ってる。

人生を楽しむためにも、凝り固まった考えがないか自分自身チェックしてみてよ。

きっと多様性は自分自身の可能性を大きく広げるから。
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# by keijiinafune | 2010-09-28 12:12

 

ストレートな表現   

2010年 09月 24日

ストレートにものを言う。
難しいことだと思う。 とくにこの日本では。

回りくどい表現や、あいまいな言葉、本音とたてまえ。
日本には難しいルールがいっぱい。

海外でも同じようなこともあるけど、日本はかなり特殊だと思うよ。

日本語で、なにかを断る時、どう表現するか。

「お茶でもいかがですか?」

「いえ、結構です。」 もしくは、「いいです。」

決して、「いりません。」なんていわない。
もちろん、親しい仲や、子供はそんな風に言うけど、ちょっと丁寧に接しようとすると、こういった回りくどい言い方になる。

この表現を英語に直訳したら、「NO」ではなく、「GOOD」になるはずだよね。

相手の気持ちに気遣いした日本語ならでは日本人の良さを表した表現であるのは確かだと思う。

しかし、国際社会で生きて行く時、これでいいのか?って感じることも多い。
良いのか悪いのか言葉ではどちらとも取れる表現では、外人には伝わらないことが多いのだ。

ゲーム作ってて、相手を気遣いして、良くないものを「GOOD」って表現したら、勘違いして当然。
ダメなものは「NO」「BAD」でいいんだ。
もちろん言い方はある。 偉そうに言ってはいけないが、あいまいはもっといけない。

以前、通訳してくれた人に何度か言われたことがある。
「稲船さんの通訳はとても訳しやすい」と。
なぜ?って聞いたら、
「日本人特有のあいまいな表現がほとんどないから」って言われたよ。

日本語を英語に訳す時、どちらとも取れるあいまいな表現が一番難しいみたいだ。
その人の性格までわかって初めてどちらの表現がその人の意見であるとわかるもので、急に通訳だけの関係でそれを読み取るのは不可能。 だから誤訳になることも多いと。

ストレートに言うには、相手に対しての気遣いより、自分自身の「自信」の方が重要なんだよ。
それが結果的には相手を気遣うことに繋がっていくことも多い。

もうひとつ例を、
「この仕事を君にやってもらいたいんだが、出来るか?」
上司からそう言われる。

「はい出来ます。任してください。」
と、何人の人が言えるのか?

「はい、わかりました。 とにかく頑張ってみます。」
が精一杯なんじゃないかな?

「はい、ちょっと他の仕事も抱えているんで、難しいですが、やってみます。」
とか、保険をかけてみたりとか。

実は上記の3つとも、「やる」には変わりがない。
でも、表現が大きく違う。
同じやるなら、相手(上司)を安心させてやった方がいいが、そうはいかない。
出来ないかもしれないのに出来ると言って出来なかった時ガッカリさせたり、相手に期待させたりしてはいけないとか都合よく相手を気遣ったふりして自分自身を守っている人も多いんじゃないかな。

上司は部下に期待して、覚悟を決めて仕事をふる訳で、上司が求めているのは「あいまい」ではなく、ハッキリと「出来る」ってことを聞きたいはず。

だから、ストレートに言うというのは「自信」と「気遣い」両方が必要なんだと俺は思ってるよ。

もっと日本人は国際的な「自信」を身につけるべきだと思うよ。
そうすれば、この国際的な戦いに勝ち抜くこともそんなに難しいことではない。

謙遜も大事だけど、自信の方がもっと今は必要だと思う。
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# by keijiinafune | 2010-09-24 14:29

 

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